2016年6月13日
- 関根 義昭さん
- 大成建設株式会社 東北支店
東電福一関連工事作業所 工事課長
現在、1F構内では、汚染水を貯めるための新しいタンクを造る一方で、初期に建てられた継ぎ目のあるタンク(フランジタンク)の解体を進めています。この4月には、タンク解体の優れた技術が認められ、H1、H2地区のタンク解体を担当している作業チームに対して、経済産業省副大臣名の感謝状が授与されました。その作業チームの中心となって働いている大成建設の関根義昭さんにお話をうかがいました。
どのような手順でタンクを解体していくのですか。
関根さん:
他社でタンク内の汚染水を処理したあと、私たちが空になったタンクを解体していきます。タンクを解体する作業自体は難しいことではありません。ただ、1Fには放射線の問題があります。
汚染水が無くなっても、放射性物質を含むチリやホコリが内部に残っているので、それらが飛び散らないようにしなくてはなりません。また、作業中に雨が降ってタンクに雨水が触れると、それが新たな汚染水となってしまいます。そうした問題をどう解決したらよいか、関係者が集まり半年から1年間に渡って検討してきました。
関係者からの感謝の声が仕事の励みになった
どのような工夫をされたのですか。
放射性物質を含むチリやホコリに対しては、飛散を防ぐ塗装剤をタンク内に塗ることにしましたが、タンク内は放射線量が高いため、人が入るわけにはいきません。そこで、タンク外から自動で塗装剤を塗っていく機械を開発しました。
また、雨水に対しては、タンクの上部を簡単に開け閉めできるドーム式エアテントを製作し設置することにしました。解体途中でも雨の予報が出れば、素早くエアテントにてタンクを閉めて作業を終わらせます。
最初は、「本当にできるのだろうか」という段階からスタートしましたが、現在では施工方法および手順も確立しましたので、みんな自信をもって作業をしています。
また、最初のタンク解体は、1カ月ぐらいかかりましたが、だんだんと慣れてきたこともあって、2015年10月ごろからは、タンク1つあたり1週間ぐらいのペースで解体できるようになりました。
仕事をやっていてよかったと感じたのは、どういうときですか。
H1エリアのタンクをすべて解体し終えて、関係者の方々から「ありがとう」と感謝の言葉をかけられたときは、この工事をやってきてよかったと心から思いました。
また、第1回廃炉フォーラムで経済産業省副大臣名での感謝状をいただいたことは、作業員一同、大きな励みになっています。
実は、福岡にいる子どもから、学校で1Fの廃炉作業が授業で取り上げられたことを聞きました。そのとき、「うちのお父さんがここで働いている」と自慢げにみんなに言ったそうです。これを聞いて、まさに誇らしく思いました。また、九州にいるとどうしても福島のことがピンと来ないのですが、こうした授業を通じて、ぜひ九州の人たちにも廃炉作業の意義を知ってほしいと思います。
将来、子どもたちにはぜひ福島の様子を見せてあげたいですね。どう感じるかは分かりませんが、ありのままを見せたいと思っています。
70人のタンク解体チームには本気になって話し合える雰囲気がある
夏の暑い時期の作業は大変ではありませんか。
作業を行う場所は放射線量が高く、ビニール製の保護服を着て全面マスクをしなければならないので、とくに夏は暑くて大変です。これまでの建設現場でも、気温が40度以上になる場所がありましたが、1Fは比較にならないくらい暑いです。保護服を脱いだ瞬間に中に溜まっていた汗が滝のように流れ落ちてきます。
そこで熱中症にならないよう、さまざまな工夫をしました。例えば、体温が上がらないよう、保冷剤が入るクールベストを着込むのですが、普通の氷ではすぐ溶けてしまうため、ドライアイスを使っています。
また、真夏は日が暮れて涼しくなる夜間作業をするようにしていますが、暗くなると手足元が見えにくいので、高い場所での作業では特に注意しなければなりません。そこで、集中力を失わないために、1回の作業時間を短くしたり、途中で何度か休憩を入れたりといった工夫をしています。それで、かなり体が楽になりました。
一番効果があったのは、作業員の意識を変えることでした。「自分が休んだらみんなに迷惑がかかるのではないか」などと考えずに、体調が悪くなりそうだったら遠慮なく手を挙げて休んでもらうように徹底しています。何よりも人が一番大事ですからね。
作業チームはどんな雰囲気ですか。
第1回廃炉フォーラムで経済産業省副大臣名での感謝状を授与されたことは、作業員の大きな励みになっている
自分たちが世界で初めての工事をしているという意識があるので、誰もがやりがいを感じています。
大成建設全体では、約300人のメンバーが1Fで仕事をしていますが、タンク解体チームはそのうち約70人。当初は、このメンバーを3班に分けていましたが、今では2班で作業を進めています。メンバーは40代後半から50代前半が多く、1Fでタンクを組み立てた人を中心に集めました。
そして、こういう仕事だからこそ、班のメンバーのコミュニケーションは大切です。「こうしてほしい」といった要望や希望があれば、本気になって話し合う雰囲気ができています。
仕事が一段落したときの喜びもひとしおです。H1エリアの作業が終わったとき、関係者の方々を含めてメンバーみんなで打ち上げをし、大変だった作業を振り返ってしみじみと語り合いました。ほかの現場では、なかなかできない体験をしたと思います。
現在はどのような暮らしをされているのですか。
広野にある会社の寮に単身赴任をしています。平日は4時に起きて、6時半から朝礼。仕事は早ければ17時まで、遅いときは21時、22時になります。寮に帰ると、テレビを少し見てあとは寝るだけです。昔から現場での仕事をしていたので、睡眠時間が短いのは慣れています。
妻と中学生の娘は、私の出身地である福岡に住んでいます。今年大学生になった息子は東京に出てきました。まとまった休みがとれたとき、たまに家族に会うのが仕事の原動力になっています。
休日は、いわき市内に1週間分の食料を買いに行ったり、レンタルビデオ店で映画を借りたりするくらいです。以前はゴルフをやっていたのですが、1Fではゴルフをやっている余裕などないと思っていましたから、ゴルフバッグは福岡に置いたままです。
映画は何でも見ます。なかでも泣ける映画が好きで、最近では『永遠の0』に泣きました。古い映画では、『明日に向かって撃て!』『卒業』が好きですね。
食べ物に好き嫌いはありません。なんでもおいしく食べてしまうので、妻からは「何を作っても『おいしい』というだけだから、料理を作っても張り合いがない」などと言われています。
- プロフィール
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関根 義昭さん
- 【出身地】福岡県
- 【好物】なんでも食べてなんでも飲む
- 【趣味】映画観賞
1990年入社。関東、四国などの各支店を経て、1Fに来る前は千葉支店に勤務し、高速道路の建設などに携わってきた。原子力関係の仕事は1Fが初めて。年に何回か、福岡に帰って家族と会うのを楽しみにしている
- お勤め先
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大成建設株式会社
大手総合建設会社の一つ。貿易を主な業務とした大倉組商会(1873年設立)を起源として、1917年に建設を業務とする株式会社大倉土木組が設立された。古くは、東洋初の地下鉄である東京地下鉄道・上野~雷門の工事をはじめ、最近では東京都庁第一本庁舎、中部国際空港、そして海外ではトルコのボスポラス海峡トンネル建設など、幅広い分野の建設を手がけている。