2016年8月10日
- 山内 健嗣さん
- 救急医療室長
医学博士
入退域管理施設にある救急医療室(ER)では、作業員のみなさんの健康を守るために、24時間365日医師が待機しています。けがや熱中症、その他の病気で診療が必要な方に、初期治療を行うとともに、重症の方には構外の医療機関で治療が受けられるように手配をします。今回は、常勤の救急専門医として、救急医療室で診療を行っている山内健嗣さんにお話をうかがいました。
1Fにおける救急医療室の役割を教えてください。
山内さん:
1F内で緊急治療が必要な患者さんに対して、最初にやるべき治療を行うのが医療室の役割です。ここでは、私をはじめとして救急専門医が24時間待機しています。また、外部の病院に搬送するときは、到着するまでの状態を安定させたり、その病院の治療につなげるために、医療室でできる限りの治療を行います。
ここには入院施設はありませんし、CTやMRIのような時間をかけて検査する機器もありません。急いで助けなくてはならない患者さんに対して、短時間で必要な診察をするための場所です。その限りにおいては、最高水準の医療を行うことができるという自負があります。
安全確認のチェックをすることでけがはなくすことができる
どのような患者さんがいらっしゃるのですか。
ほとんどが、熱中症と外傷の患者さんです。熱中症については、私たち医師の助言を受け入れてくださり、適切な対策がとられるようになったため、年々患者さんの数が減っているのは喜ばしいことです。
外傷については、作業中に機械にはさまれたり、転落や転倒によって骨折や打撲を負ったりする人が多く見られます。
他の現場とくらべて、1Fの作業は必ずしも重労働ではありませんが、作業をする環境が難しいですね。本来なら通路や部屋は整理整頓するのが原則ですが、ここでは線量の問題もあって、なかなかそれが徹底できません。とくに全面マスクをしている場合、視界がせまく音も聞こえにくいため、注意がいきわたらなくなってしまいます。
また、年配の作業員の方には、脳や心臓の血管系の病気で運ばれてくる患者さんも時折、いらっしゃいます。以前、心肺停止の状態で運ばれてきて、救急医療室での措置によって心拍が戻り、構外の病院で治療した結果、1カ月後に歩いて退院できたということもありました。このときはうれしかったですね。
現場でのけがを減らすにはどうしたらよいでしょうか。
何よりも大切なのは、事前の打ち合わせや声かけです。 1Fの現場に限らず、工事現場でけがをするというのは、チェックが甘くなったり、安全確認を怠ったりするのが原因です。例えば、工事現場でフォークリフトにはさまる事故がありますが、それは人が立ってはいけない場所に立っているから起きます。
そのため、事故を防ぐには、事前の打ち合わせによって、安全確認が一つひとつできるかどうかにかかっています。
何度もけがを繰り返す人がいますが、それは細かい点をおろそかにする癖があるためだと考えられます。ですが、その性格自体は変えられませんから、やはり常に周りから声をかけることが大切になってきます。
故郷への思いと1Fへの思いが重なって遠距離通勤を決心した
山内先生は、なぜ1Fにいらっしゃったのですか。
東日本大震災が起きた当時、私は島根大学の救急医学講座の准教授をしていました。それ以前は愛知県で勤務をしていたのですが、2009年に島根県の救急救命センターに着任してからは、県内に中国電力の島根原子力発電所があるため、被曝医療についても勉強をしていました。
勉強を一通り終え、さあこれから被曝医療について各地で講習をしていこうというとしていた2カ月後に東日本大震災が起きました。
まずは、災害派遣医療チームのメンバーとして派遣され、その後は救護班として宮城県の七ヶ浜町に1週間滞在しました。2011年7月になって、Jヴィレッジに交代で医師を置くという話になり、私は1カ月に1回、島根から通ってきて、3、4日滞在するということを繰り返していました。
それから1年半ほどたったころ、島根大学を辞めることになり、出身地の福岡に戻ろうと思ったのですが、1Fで医師を募集していることを知りました。福岡から通うという条件でもいいというお話だったので、常勤の医師として着任することになったのです。
福岡から福島まで、かなりの遠距離通勤ですね。
毎週日曜の夜にいわきに入り、月・火・水に1Fで診療。そして、木曜日の朝にいわきを出て福岡に帰るというのがだいたいのパターンです。常勤は私一人ですが、残りの日は、やはり専門の40名以上の先生が交代で勤務しています。
実は、愛知県と島根県で合わせて9年間働いていましたし、当時は次男が生まれたばかりだったので、そろそろ九州に帰って仕事をしたいと考えていました。
「この機会を逃すと九州に帰れない」という気持ちと、「縁ができた1Fのためになりたい」という気持ちの間を揺れ動いた結果、遠距離通勤でよければ1Fで働いてみようと心に決めました。それにしても、被曝医療について勉強し終わったとたん震災が起き、大学を辞めたとたん医師の募集があるなんて、偶然の重なりではありますが、まるで神様に「1Fに行け」と言われたような気がします。
男気をもって仕事をしているのは廃炉作業員も医師も同じ
医師として1Fの仕事は、他と違っていることはありますか。
仕事の内容自体はどこに行っても変わりません。ですが、気軽に散歩ができないのと、ジムもないので運動不足が大きな悩みですね。食堂ができる前は、医務室の中でお弁当を食べていました。
急患がなければ、夜9時ごろに休憩室に戻って寝て、朝8時に出勤します。休憩室ができる前は、診療室で寝泊まりしていました。四六時中、この部屋に閉じ込もっていたわけです。
もっとも、環境は特殊ですが医療の内容は、他とまったく変わりませんし、レベルを下げることは決してありません。
作業員の方々にはどんな気持ちで接していますか。
当初は放射線量が高い場所が多かったのですが、年配の作業員の方々が「自分たちはもういい年だから放射線の心配はないよ。それより、孫にいいお土産でも買って帰るつもりだ」とおっしゃっていたのが印象的でした。そう言いながらも、みなさんは生活の糧を得るためだけに来ているとは、とても思えませんでした。
作業員の方々からは、福島や日本のために働きたいという男気が感じられますが、気恥ずかしいから、そんなことは口に出さないだけなのでしょう。
だからこそ、できる限り安全に作業をお願いしたいと思います。なんとなく体調が悪いということでも構いません。何かあれば、できる限りの医療を提供しますので、いつでも気軽に来ていただきたいと思います。
- プロフィール
- 山内 健嗣さん
- 【出身地】福岡県久留米市
- 【好物】九州のしょう油で食べる刺身
- 【趣味】ラグビー
1964年生まれ。2児の父で、福岡ではラグビーのコーチも務める。ラグビースクールに入っている小学生の長男と汗を流すのが、毎週日曜午前の日課。また、臨床の感覚が鈍らないように、月に1回、鹿児島の病院で当直をしている
- お勤め先
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救急医療室
2013年7月に入退域管理施設の中に開設。英語の“Emergency Room”の頭文字をとって“ER”とも呼ばれている。それまであった「5/6号サービス建屋1階救急医療室」(5/6ER)が移転したもので、けがの救急措置や熱中症などの診療のため、常に救急専門医が待機している。
- 山内先生による「1F構内で熱中症にならないための5カ条
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1. 暑い日の作業にはクールベストを着用する
2. 可能なら、日中の作業を避けて朝か夕方以降に行う
3. こまめに水分を取る
4. こまめに休息を取る
5. 防水機能がある青い保護衣は、空気も通りにくいので、とくに上記のことに注意して作業をする