2018年1月16日
- 七理 康男さん
- 五洋建設株式会社
東京土木支店 東電福島工事事務所 総括所長
- 前岡 裕太さん
- 五洋建設株式会社
東京土木支店 東電福島工事事務所 工事担当
東日本大震災の前から、5、6号機の北側にある海岸で、波による浸食(陸地が削り取られること)が進んでいました。このままでは岸辺が崩れて危険なため、波から陸地を守るための護岸をつくる工事が進められています。今回は、その工事にあたっている五洋建設のみなさんにお話をうかがいました。
1Fの構外でありながら
放射線管理区域内という現場
お仕事の内容を教えてください。
七理さん:
護岸をつくっているのは、5、6号機の放水口の北側にある海岸です。ここには、東日本大震災の津波にも耐えた護岸が一部ありましたが、波に加えて陸地からの雨水によって、この護岸の内側もだいぶ浸食されてしまっていました。ここに、押し寄せる波の勢いを弱める護岸をつくっています。私はこの工事全体のまとめ役です。
前岡さん:
私は、工事でできたものを確認したり、現場の人たちに指示をするのが仕事です。護岸の形については、室内で模型を使って何度も実験をして決めました。
海側には、石を袋詰めにした1つ4トンの籠を置き、工事用道路は捨石で形成します。その陸側にブロックを2段積み、石の籠やブロックで波の力を弱めることができるので、陸地が浸食されることはありません。2017年の秋には、台風でかなり大きな波が押し寄せましたが、石の籠が2、3個飛ばされただけですみました。
お仕事で難しいことはありましたか。
七理さん:
問題は、工事に使う120トンクレーンをはじめ、生コン車などを現場にどう入れるかでした。というのも、現場は1Fの構外でありながら、放射線管理区域内という場所だったからです。
1F構内と現場を結ぶ道路をつくるには、防護フェンスを越えなくてはなりません。そこで、防護管理の担当の方と話し合い、フェンスを9メートル分取り外して、そこに扉を取り付けることにしたのです。
前岡さん:
この扉を工場でつくるだけで2カ月かかりました。2017年2月から3月に扉を取り付けて、4月に道路や現場の整備をして、5月から本工事にとりかかったのです。堤防は全長230メートルで、2017年11月現在であと10メートルのところまで完成しています。
クリーンルームの完成で
休憩や食事ができるように
構内と構外を行ったり来たりするのは手続きが大変そうですね。
七理さん:
構外の現場に出るには、扉のところで警備員のチェックを受けなくてはなりません。車両の番号と作業者証の番号を、あらかじめ登録しておかないといけないのですが、一度、その情報がうまく伝わっていないことがあり、扉の前でトラックが1時間ほど通過できないことがありました。生コン車のコンクリートが固まってしまわないかと、そのときは焦りました。
前岡さん:
工事用車両は、管理用道路を通っていくのですが、ときどき他の工事などによって通行止めになるときがあります。そのときは、5、6号機の管理区域内を迂回しなくてはなりませんが、PP(核物質防護)のために、トラックの番号や積み荷をあらかじめ登録しておかなくてはなりません。こうした手続きが大変でした。
現場が1Fの構外で、しかも放射線管理区域内というのが大変なんですね。
七理さん:
放射線管理区域外であれば、現場に作業員のための休憩施設を建てるのは難しくありません。ところが、管理区域内ですから簡単ではありません。関係部署と何度も打ち合わせをして許可をいただき、エアコン付きのクリーンルームが2017年6月に完成しました。
これでようやく、防護服を脱いで休憩や食事ができるようになりました。それまでは、構内の休憩施設まで行かなくてはならなかったのです。
現場で働く方々をまとめるのに何が大切ですか。
七理さん:
何か言いたいことがあれば、その場で怒らず、仕事が終わってから個人的に伝えるようにしています。もっとも、今のメンバーの多くは、協力会社も含めて震災後すぐに1Fに来た人たちばかりなので、みんな心は通じていて言いたいことがきちんと伝わります。
また、五洋建設から1Fに社員を送るときには、基本的に40歳以上の人を選んでいるため年齢層が高いのですが、20代の前岡は自分から志願してきてくれたので非常に助かっています。
2011年5月から1Fで6年半
使命感があるからここまでできた
どういうことを考えて、1Fで働こうと志願したのですか。
前岡さん:
東日本大震災が起きてから、復興のために何か役に立てればと思っていました。人手が足りないという話を以前から社内で聞いており、1Fの構内は以前よりずっと安全になったので、希望者がいたら行ってほしいという話を聞いて手を挙げたのです。
1Fでは、さまざまな厳しいルールや条件がありますが、そのなかでどううまくやればいいのかを考えるのは、自分にとっていい経験になっていると思います。
仕事のやりがいを感じるのはどういうときですか。
七理さん:
私は、震災直後の2011年5月からずっと1Fで働いています。当時はJビレッジから全面マスクと防護服でしたし、線量計はグループに1つといった状態で、本当に大変でした。使命感でここまでやってこれたと思います。
前岡さん:
工事がだんだんと進んでいき、はっきりとした形になってくるのを見ると「ああ、ここまで来たんだ」と感じます。形あるものを残していけるのがやりがいですね。
ところで、休日はどんなことをしていますか。
七理さん:
休日はもっぱらゴルフです。また、社員はみんな小名浜の宿舎に寝起きしていて3食付いているのですが、週に2回くらいは自分たちで食事をつくって、わいわい言いながらコミュニケーションをとっています。
前岡さん:
1Fに来てから、みなさんの手ほどきでゴルフをはじめました。まだまだ初心者です。あとは、インターネットでゲーム動画などを楽しんでいます。ほかの人がやっているゲーム画面を見ながら実況が入る動画があるのですが、それを見るのが楽しいですね。
七理 康男さん
兵庫県出身。1985年の阪神淡路大震災、2004年の新潟県中越地震、そして東日本大震災と、3つの震災復興の仕事をしてきた。阪神淡路大震災では、自宅近くで阪神高速道路(湾岸線)の復旧工事に携わった。
前岡 裕太さん
広島県出身。1Fに来る前は、和歌山の高速道路関連の現場を担当。社内で志願して2016年7月に1Fに来てからは、港湾内海底土被覆工事を経て、2017年4月に今の仕事に携わっている。
東電福島の復興を目指し、皆様初心を忘れず笑顔と一体感を持って頑張りましょう。
- プロフィール
- 七理 康男さん
兵庫県出身。1985年の阪神淡路大震災、2004年の新潟県中越地震、そして東日本大震災と、3つの震災復興の仕事をしてきた。阪神淡路大震災では、自宅近くで阪神高速道路(湾岸線)の復旧工事に携わった。
前岡 裕太さん広島県出身。1Fに来る前は、和歌山の高速道路関連の現場を担当。社内で志願して2016年7月に1Fに来てからは、港湾内海底土被覆工事を経て、2017年4月に今の仕事に携わっている。
- お勤め先
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五洋建設株式会社
1896年創業。海洋土木を中心に、国内だけでなく海外でも大きな工事に関わっている。この1F敷地北側海岸保全工事では、社員10人、協力会社を含めると約35人が働いている。