2016年3月10日
- 竜田 一人さん
- マンガ『いちえふ 福島第一原子力発電所労働記』作者
2013年10月にマンガ雑誌『モーニング』で連載が始まった「いちえふ 福島第一原子力発電所労働記」は、ひとりの廃炉作業員の目から見た1Fを描いたマンガとして、大きな注目を集めています。現在、単行本は第3巻まで発売されています。
今回は、その作者である竜田一人さんに、1Fの仕事で感じたことや仲間との交流などについて語っていただきました。
ひとりの作業員としての目線を大切にした
1Fで仕事をするきっかけは何ですか。
竜田さん:
当時、被災地での仕事を探していました。その中でも1Fを候補から外すことなく探し続けた結果、1Fにたどり着きました。好奇心はありましたが、特に危険だという考えはありませんでした。
2012年には休憩所の管理業務と2、3号機の配管工事、2014年には1号機の調査と3号機のガレキ撤去作業を行いました。実際に仕事をやってみて、十分に安全管理がなされていることがわかりましたし、なによりもやりがいを感じたので続けようと思ったのです。
なぜマンガにしようと考えたのですか。
『いちえふ』第3巻表紙原画より©竜田一人
竜田さん:
実際に1Fで働いてみて、世間で報道されていることと、あまりに違うことを知りました。そこで、見たままを記録に残し、作業員の実態を少しでも伝えることができればと考えたのです。気をつけたのは、あくまでもひとりの作業員としての目線を大切にすることでした。マンガ家が作業員になって報告するのではなく、作業員がたまたまマンガを描いていると思ってもらえれば幸いです。
仕事の仲間や地元の人たちとの素晴らしい出会いがあった
竜田さんの目からみて、1Fはどんな場所でしたか?
竜田さん:
私自身も、現場に入るまでは内心もっと特別な場所だと思っていました。ピリピリと張りつめていて、ごつい人たちばかりが働いているところだと想像していたのです。でも実際は、それまで働いてきた数々の職場と変わりなく、私が出会った人たちは、拍子抜けするくらい「愛すべき普通のおっさん」ばかりでした。ただ、構内の規模が非常に大きいことには圧倒されましたね。
1Fの仕事で印象に残っていることは何ですか。
『いちえふ』第3巻より©竜田一人
竜田さん:
最初に建屋に入ったときでしょうか。緊張もしましたが、それは恐怖感からというよりも、「やっとこの場所で仕事ができる」というワクワク感によるものでした。3号機の高線量での作業も印象に残っています。線量をなるべく増やさないために、どうすれば効率よく仕事が進められるのか、いろいろと工夫をするのが楽しかったですね。
1Fで苦労したこと、よかったことを教えてください。
竜田さん:
一番苦労したのは、2012年の下宿生活でしょうか。一軒家に中年男性が10人も住んでいたのですから、ストレスがたまりました。夏場の全面マスクも大変でしたね。でも、熱中症の対策も取られるようになって来ましたし、全面マスクの必要がない場所が増えたりしたので、だいぶ楽になりました。
1Fに来てよかったのは、なによりもいろいろな人に出会えたことです。仕事の仲間も地元の人たちも、優しく思いやりがある人がいっぱいいました。こうした素晴らしい出会いがあったからこそ、いつの間にか「ここがふるさと」だと言えるまでになり、みなさんに評価されるマンガも描けたのだと思います。
仕事場の雰囲気はどうでしたか。
『いちえふ』第1巻より。©竜田一人
竜田さん:
最初の想像とは違って、どこも笑いが絶えない明るい雰囲気の仕事場ばかりでした。福島県内の人たちだけでなく、なかには九州から来たという人もいましたし、元社長もいれば元公務員もいて、それぞれ事情があるのでしょうが、みんなここでは力を合わせて目の前の作業を楽しくやっていました。
私が初めて1Fに入ったのは事故から1年以上経ってからなので、当初よりかなり状況が落ち着いていたと思います。今も、1Fに行くたびに、労働環境がよくなっていることが実感できます。事故直後に、危険な作業に当たってくれた方々がいたからこそです。「おかげで、今は安全に仕事ができるようになりました」とお礼を言いたいと思います。
オフの時間は何をしていましたか。
竜田さん:
疲れて寝ていることが多かったですね。休みの日は、車で湯本温泉に行ってのんびりお湯につかるのが楽しみ。音楽が好きなので、いわき市内のバーでギターを弾いて歌わせてもらったりしたこともありました。
寝不足や疲れ、スピードの出しすぎによる交通事故には気をつけてほしい
1Fの仲間へのメッセージをお願いします。
大英博物館 日本ギャラリー Modern Japanにて
(2015年11月30日時点)
竜田さん:
私を含めて、そんな偉そうなことを口に出すのはヤボだという人がほとんどでしょうが、福島での廃炉事業は、大げさにいえば人類の財産になると私は思っています。世界が注目している作業に従事していますし、心の隅には誇りを持ってもいいんじゃないのかな、とも思います。
うらやましいのは、今20代の作業員ですね。あと30年、40年続くといわれる廃炉事業を最後まで現場で見届けられるのですから。すごくラッキーだと思います。
もう一つ、構内での運転には注意が必要ですね。私自身の経験から、寝不足や疲れでぼんやりしていたり、一般道と同じつもりでスピードを出して、ヒヤリとしたことがありますから。みなさん、交通事故にはくれぐれも気をつけてください。
最後に、「いちえふ」の連載再開の予定は?
竜田さん:
まず、私が1Fに行くのはマンガを描くためではなく、1Fで働きたいという気持ちが先にあります。もちろん、お呼びがかかれば、いつでも行く気持ちはあります。ぜひまたあの場所に立ちたいですね。そしてその現場の内容をマンガにしてみなさんにお伝えできればいいなと考えています。いつになるかわかりませんが、続編が出ましたらお読みいただけるとうれしいです。
(聞き手:日経BPコンサルティング)
1Fで作業員として働き、『いちえふ 福島第一原子力発電所労働記』を発表。竜田一人はペンネームで、1F近くにある常磐線の竜田駅にちなんでいます
- マンガの紹介
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いちえふ 福島第一原子力発電所労働記
竜田さん自身が1Fで作業員として働き、その時の様子を描いた『いちえふ 福島第一原子力発電所労働記』。MANGA OPENの大賞受賞作として「モーニング」に掲載後、国内外のメディアから多くの反響を呼びました。左は最新刊の第3巻の表紙です。
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